小学校を建設してくれる大工さんが決まったのが昨年(2015年)の11月12日、そして何にもなかった草っ原にクワを振り下ろしたのが11月20日。
今日で約4ヶ月。
大工さんが当初「期間は2ヶ月!長くても2ヶ月半」とか言っていてかなりオーバーしましたが、実働101日目にして、ロンデン村への小学校建設が無事(?)終了しました。
この4ヶ月で何が一番大変だったかと言われれば、伝えたいことが伝えられないもどかしさや、建設作業が思うように進まないことへのイライラくらいしか浮かばず。
本当は多分、その時々でメッッッチャしんどいことや、キツイことはあったんだろうけど。
振り返ってみると蘇ってくるのは、大変さ、苦しさ、しんどさではなくて。
そこにはいつも、誰か人がいてくれていたという喜びが、記憶の大半を占めています。
何の目処もないところから、3年前に突然生まれた1つのプロジェクト。
3年越しに果たした村との約束。
形にできた達成感と安心感と、この先の子ども達の未来への責任。
いろいろな感情がぐちゃぐちゃに入り混じりながら、形になった校舎をゆっくり眺めていた。
来てくれた人たちと振り返る小学校建設の日々

何もなかった大地にクワを振り下ろして穴を掘った。

来る日も来る日も穴を掘った。仙水忍くらい掘った。

掘っても掘っても、足りないくらい……。掘っても 掘っても掘っても 掘っても掘っても 掘っても掘っても 掘っても掘っても 掘っても

そんな地味で、何も先の見えない作業を手伝ってくれた人たちがいた。

やっていることを無条件で応援してくれる仲間がいた。

そんな想いが伝わって、日本から初めましての人たちが来てくれた。

宿で出会った人たちも力を貸してくれた。

しょうがないなって来てくれる人もいた。

宿で出会った人が手伝ってくれる頻度が増えてきた。

違う目的でシェムリアップに来たのに、巻き込まれた人もいた。

世界一周中に立ち寄ってくれた人もいた。

いろんな人の協力で建物の柱は上へ上へと伸び始めた。

サンタなんて知らなかった子ども達と全力で向き合ってくれた。

大学の先輩が人を繋いでくれたり。

初めてカンボジアに来た時に会った人たちが駆けつけてくれたり。

以前、シティゲストハウスで会っただけなのに、仲間をたくさん連れてきてくれたり。

お子さん連れて来てくれたり。

大学野球の先輩が同僚連れてきてくれたり。

釘打ち名人がやってきたり。

レモンさんが来たり。

賑やかな日もあれば…

静かに淡々と作業した日もある。

もっと貢献したいと言って次の予定を変えてまで残ってくれたのに、思うように作業が進まなかった日もある。

まだまだ体力なら負けないって思っていたのに、20代前半に思い知らされた日もある。

カンボジアに学校を建てるって言い出した頃から、ずっと応援してくれている仲間達。

カンボジアに学校を建てる過程のTwitterを見て来てくれた人たち。

夏の井戸掘りに来てくれたくるみの呼びかけで集まった大学のボランティアサークル。

しゅういちの呼びかけで机と椅子が届いた。

人と想いがどんどん重なっていく。

誰かが運んだ土や砂はモルタルに変わり、

そのモルタルでレンガは積み上げられて壁ができた。

その壁をまた別の誰かが壁塗りしてレンガは見えなくなる。

文句を言わずにひたすら捏ねてくれるモルタル。

在住者達も何度か足を運んでくれる。

現役の教師や

これから教師を志す人も多く集まった。

長いこといてくれた人たち、

弾丸で来てくれた人たち、

お金貯めて戻ってきてくれた人たち。

村のお母さんに気に入られた若者。

いろんな修羅場や揉め事。

違う宿にいたのに活動を知って来てくれたりもあった。

一回参加したら楽しくなって村泊まりしちゃったり

1日だけのはずが連日参加しちゃったり、本当多くの人が関わってくれた。

チケットを2度も破って滞在してくれた遙も完成を見届けられなかった。

せっかく大人数来てくれた100日目にもペンキが足りなくて完成しなかったけど、今日ようやく終わった。
最後の建設現場より

たくさんの人の想いと作業が連鎖して形になった小学校建設。
たった1人じゃできるはずのなかったものが形になるまで、一体どれほどの人たちの力を借りたのだろう。

最終日の今日は静かな1日。
大工さん達がやり残した作業を黙々とこなしていく。

建て付けの悪かった扉や窓がすんなり閉まるようになった。

電気がないので締め切ると昼間でも真っ暗な教室。

ドアと3つの窓を全て開放すれば、明るい色の部屋の中に、陽の光がめいいっぱい降り注ぎ、心地よい風が吹き抜けていく。
途中手伝いに来たり、遊びに来たり、時に邪魔しに来たりしていた子ども達がここで学ぶ姿を想像しながら、1つのプロジェクトが終わると同時に次の課題がスタートするんだなという実感。

学校周りのゴミも拾って

焼却!いろんな邪念とかとも一緒に燃えてなくなればいいのに。

重すぎて昨日運びきれなかった机と椅子も全て搬入完了。

いろいろあったけどホンさんロムさんありがとう。
手伝ってくれた村のみんなもありがとう。
現場に足を運んでくれたぼくの大切な仲間たちもみんなありがとう。
もちろん、この写真に写ってない人たちもね。
いい写真が多すぎて選びきれない。
本当にありがとう。
この場に来れなくてもずっと応援してくれていた人たちもありがとう。
燃え尽き症候群ってこういうことかな?
すごい、虚無感?脱力感?がぼくを襲ってます。

4ヶ月間使い続けた作業用手袋は滑り止めも取れちゃってズルズル。

足袋はかかとがずりずりで足が丸見えになるまで履きつぶした。

ちなみに最後の方は、足が臭くなりすぎて、昼ごはん時に脱げないほどの威力を持っていた。
これは臭いのではなく、頑張ったニオイなのです。

とにかく終了した学校建設。
現場に足を運んでくれた人123名。
お金集めたりしてた時から関わってくれてる人、助けてくれた人数えたら多分1,000人超える。
そんな大勢の人が周りにいてくれたことはこれからも誇りだし、嬉しいことなんだけど。
そんな人にお世話になることが当たり前になると、それはそれで怖くなってくる。
うまく言えないけど、この記事ではたくさんの方々にたくさんのありがとうを届けたいです。

この寝顔を見るのもまた3ヶ月後。
また会いにくるね。

HADA800号もありがとう。
きれいに洗車して、オイル交換して、次の活動でも走ってもらいます。

ということで一旦日本へ帰ります。さらばカンボジア!

本当にみんな、ありがとう。
カンボジア小学校建設日記【完】

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多くの方の協力を得て成し遂げることができた、カンボジアの小学校建設プロジェクト。
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