
カバンが好きだけど、手ぶらで出歩くのも好き。
カバンが大きかろうが手ぶらだろうが、結局モテない北川勇介です。
ぼくはモノが多いのは嫌いだけど、“モノ自体”は好きだ。
例に漏れず、カバンも大好きだ。
今回はカバンや持ち物で、人を判断してくれるんじゃねぇというお話。
好きなもの使っている人を他人のものさしで評価するんじゃねぇ
この間雑誌で見かけた「デートの時に持ってきたらドン引きのカバン特集」ってなんだよ。
その企画にドン引きだよ。
中身を見てみると
- セカンドバッグはおじさんっぽい
- ショルダーバッグは幼い
- 男の人がトートバッグ使うのはちょっと…
- レザーはビジネスっぽい
- 合皮は安物っぽくてイヤ
- ブランド物は稼いでますアピール?
何も持っていけないじゃん…。
手ぶらで行ったら行ったで、言いたいことあるんでしょ?
なんなの?正解はなんなの?
要は「自分好みのカバン」で相手が来てくれないってだけでしょ?
みんな好きなカバンを持てばいいじゃないか。
みんな好きなモノを使えばいいじゃないか。
流行りは操作されている
数年前、クラッチバッグが流行りました。
その頃、クラッチバッグを特集していたファッション雑誌が、今は「クラッチバッグは使いにくい。今の時代はサコッシュ」みたいな特集を組んでいた。
クラッチバッグが流行った時は、手で持つことをオシャレとしていたのに、サコッシュバッグが流行った今年は、カバンは肩にかけて手を空ける方がいい。
ムチャクチャすぎる。
こうやって世の中は勝手に流行を作る。
その流行から外れた人を「ダサい」とか「遅れている」とか「センスない」と認定して、その都度何かを買わせようとしてくる。
誰かが決めた流行りに流されて、流行りを追いかけて、モノに振り回されて生きるなんて絶対ごめんだ。
過去に自分が言ったことに一貫性がないことの方がヘンテコなカバン使うよりよっぽどダセえとぼくは思うのです。
なんとなくカバンを変える人の人生はやっぱりなんとなく進んでいくんだよ
ビジネスシーンにはこんなカバン。
デートの時はこんなカバン。
それが自分で選んでいるならいいんですけど、選んでいるようで実は選ばされているかもしれないという意識は大事だと思う。
メディアに振り回されて流された意思で、大して欲しくもない、使いもしないカバンをなんとなく買っていると、人生もなんとなく進んでいく。
カバンすら好きなものを選んで使えないのに、人生の中で好きなことを探し出して集中するなんてもっと難しい。
好きなことを好きだというだけでいい
ぼくはビジネスシーンにもデートにもふさわしいかは知らないけど、学生の時からずっと使っているカバンがあります。
学生の頃からなので、もう10年以上使っています。
こうやって書くと「学生時代から同じもの使っているとかないわ…」って価値観の人もいるかもしれませんが、自分が好きで使っているんだからそれでいいのです。
胸を張って堂々と自分が使っている好きなものを人に語れる。
ノーブランドだっていい、安物だっていい、個性丸出しのものだっていい。
好きなものを好きで使う。
好きなものを好きだと言う。
なぜこの世は、誰かに、評価されて、人の目気にしてシーンに応じて使い分けなくてはいけないんだ。
まとめ:好きなことしようよ
たかがカバン、されどカバン。
使っているカバン一つで、誰もあなたの価値を評価できない。
人のカバンで人を評価してるあなたは何様だ?
念のために言っておくと、何様でもないのだよ。
カバンを変えたって結局モテないし、仕事が急にできるわけもない。
それは別次元で努力しないといけない話。
おしゃれをしても、車変えても、結局変化ないままって昔つんくも歌っていたし。
だからぼくは今日も、好きなモノを好きなカバンに詰めて、好きな服着て、好きな人に会いにいく。好きな場所へ行く。
そんなぼくを、仕事できないとは言わせない。(モテないのは別問題)
10年以上愛用中のカバンはこちら























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