体育の非常勤講師の仕事が終わった

2025年10月から始めた、中高一貫私立校での体育の非常勤講師の仕事が終わりました。

かつては天職と思えた仕事を、再度してみて感じた新たな天職。

なぜ?

席がないからです。

元々、休職している方の代替で採用されているので、その方が復帰されるのであれば役割はおしまい。

「先生やめちゃうんですか?」と生徒からよく聞かれますが、自分の意思でやめるわけではなく、学校の事情なのだよ。

感想

12年ぶりに復帰した教職の現場での半年間の感想です。

自分の特性

中高一貫ということもあって今回初めて中学生の受け持ちもありましたが、改めて自分は高校向きだと感じました。

自分の特性を考えると、中学生はあまり向いていない感じ。

小学生の延長の中学生には授業を通じてあれこれ伝えたり考えさせたりというより、授業に至るまでのあれこれに時間と労力をかける必要があるからです。

時間を守ること、前を向いて挨拶、忘れ物した場合の対応など。

ある程度成熟した高校生との対話の方が伝わるしぶつかり合える感触がありました。

一方でお腹いっぱい感もある

若い頃は教職が天職と思ったし、今回12年ぶりに仕事を再開してもやはり天職だと思えた。

人の成長を間近で見て感じられる教育現場はやはり最高。

だけどどこで、誰と、どうやって働くのか?も重要。

方針の合わないところで1人で張り切っても消耗するだけで、実際に学校や生徒のニーズに合っていない部分も味わいました。

教員の仕事は楽しいけど、今ここではちょっとお腹いっぱいというか、消化不良感もある。

名残惜しさ

「来年も授業を持ってほしい」「卒業までいてほしい」「部活の顧問をしてほしい」などの声をかけてくれる生徒もいたりして、たった半年でも何か響くものを残せたのかな?とも思います。

そういった生徒たちの、来年度以降の成長に関わりたかった気持ちもあるので残念でもありますが、この学校での教員と生徒ではない別の関わり方がまたどこかでできたらいいですね。

縁があれば、卒業した後に飲みに行けるでしょう。

今の教育現場

大変だなと思いました。

いや、いつと比べて?って話で、現場はずっとその時代に応じて大変なんでしょうけど、個性を尊重したり多様性を重視するみたいな言葉が先行しすぎていて、学校という組織で何かする場がなかなかついて行けていない感じ。

もちろん「学校が悪い」と言いたいのではなく、どんどん変化していく世の中に対して、どうしたらいいのかなんて誰にもわかりません。

だからわかるまで待っていたら目の前の生徒は卒業してしまうし、わからないから何も変えずに今まで通りのやり方ってのも変な話。

キレイにすっぽりおさまる形がないから、いろいろ試して失敗して改善しながら前に進むしかないんでしょうけど、その過程を否定していても一体感は生まれない。

なかなか歪な状況だと感じました。

学校にWi-Fiいる?

学校にWi-Fiが普通にあって、タブレットやパソコンが支給されて、そんで持ってゲームするな、動画見るなってなかなか無理がある。

生徒達は電子機器を見たり触れたりする度に遊びか学びかを選択する。

そして多くが遊びを選択する。

大人達はそれを見て頭を抱える。

遊ぶだけならともかく、思考までもAIが取って代わり、何が残るのだろう。

お弁当ありがとう

この仕事を始めてから、日々奥さんにはお弁当作りというタスクが加わりました。

仕事で家を空けるぼくに対して、日中子ども2人の子育てして、出発前にお弁当を作る。

なかなかハードな日々だったと思いますが、ぼくのやりたいと思った仕事を支えてくれてありがとう。

今後はどうするのか?

そんな感じでいろいろ思うところはありますが、ぼく自身の話で言えば、再び在宅ノマドワーカーとして働きます。

また縁があってどこかの学校に呼ばれたら考えるけど、積極的にどこかを探す感じではない。

今回の仕事のために買ったシューズやホイッスルも一旦手放しました。

最後の授業を終えて数日経ちますが、時間や場所に囚われない暮らしに戻ってきて整う感じ。

家族で好きなことやりながら、ゆったり暮らしていきます。

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