
この間「ゆーすけはHPモンスターだから普通に感じるかもしれないけど、できる人ばかりじゃないからね!」と、とあるゲストハウスのビールモンスターに言われてハッとしました。
自分にとっての常識は、隣の誰かの非常識。
HPモンスターってなんやねん
本題に入る前に「HPモンスターってなんだよ」と思っている方に簡単に説明しよう。
少年時代夢中になった「ドラクエ」などのRPGでよく使われる、命を数値化したHP。
ドラクエには職業によって振り分けられた特性があって、攻撃力が強くてHPも多い「戦士」がいれば、物理攻撃は弱いしHPも少ないけど、特殊能力を使うことができる「魔法使い」や、傷を癒してくれる「僧侶」などがいます。
戦士はHPも高いし、攻撃すれば相手に大きなダメージを与えることができる頼もしいやつです。
だから戦士の基準で「俺、まだまだHP残ってるからもっと先へ進もうや!へばってんじゃねーよ!」とか「なんでスライム一撃で倒せないの?努力が足りないんじゃない?」とか「てか俺だけ戦士っておかしくない?魔王と戦う以上誰もが戦士っしょ?押忍!!!」とか言っていると仲間たちから「もうお前が死にそうでもホイミしてあげねえよ」「薬草でも食っとけ、あほんだら」「ザキ!!!」など言われてしまう。
つまりHPモンスターとは、ありあまる体力の持ち主のことを言いたいらしく、人それぞれに特性があって、得意不得意あるんだから、お前の基準で人にもっとやれるとか言うんじゃねえよ!お前は魔法使えねえだろう、この脳筋が!!!ってことを脳酒は言いたかったんだと思います。
HPモンスターの頑張る基準
努力は裏切らないとは言うけれど、ぼくは野球で努力しても一流にはなれなかった。
プロになるような人からしたら「それでも努力が足りていない」とか「そもそもスタート地点が違う」とか「努力の仕方が間違ってたんじゃね?」とか言われてしまうかもしれないけど、自分の中では精一杯やったなあとは思う。
「精一杯やれた」と思える根拠は、野球という夢中になれるものを通じて覚えた、死ぬほど努力する癖、本気になる癖、一生懸命になる癖は、夢中になれるジャンルが変わった今も、ぼくの財産としてずっと生き続けているから。
だから負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、野球で一流になれなくても目標を叶えるためにやったことは何も無駄にはならなかったと心から思える。
ましてや目標が大きければ大きいほど、ちょっとやそっとの頑張りだけで臨んだ結果を得ようと思う方が目標に対して失礼だし、仮に一時的にうまく言っても、その状態を維持するためには、更に継続した頑張りが必要になってくる。
自分で決めた道で歯を食いしばって、地べたを這いつくばって、早く日の目を見る時まで堪える力は養われたし、そもそも好きなことやっている間のそれは本当に頑張っているのか?普通のことじゃね?とぼくは思ってしまっていました。
押し付けてすいませんでした
確かによく自分基準で「まだやれる」とか「甘ったれるな」とか「もうダメだって思ってからが本当の始まりだから」とか言ったりして、人に強要していたことがあったなあと気づきました。しかーし!
最後に弁解しておくと、ぼくの言いたいことの奥底には「自分の無力さからくる愛のある激励の気持ち」があるのです。
「自分なんかでもこのくらいできたんだから、みんなにはもっとできる可能性があるんだよ」ってことを伝えたかっただけなんです。
ぼくはずっと、自分が何も飛び抜けたものがない人だと思っていました。
というか今も思っています。
でもやり方次第で、どんなアンポンタンにもチャンスはあるとも思っています。
結局のところ、人生はやるしかない。
だからぼくには、望む結果を得るまでやり続けるしか能がない。
もしぼくに何かを押し付けられたとしたら、あなたには本気で望んだものがあり、もっとやれる人間だと思ったんですけど勘違いでしたか?
まとめ
何かやろうとすると「うまくいかないかもしれない」と思うかもしれません。
そんな不安の対には「うまくいくかもしれない」だってあるわけです。
前者のイメージの方が先行するかもしれないけど、うまくいく道しるべが見えるまで待っていたら人生が終わってしまう。
そんな心配する暇があるなら、達成した自分はどんな人間か?を考えて動いた方がいい。
そして、人生のあらゆる選択肢と可能性と、挑戦する意義をぼくは生きて証明したい。
これからもHPモンスターなりのあがきをしていきます。
ただMPなくて回復系の魔法使えないので、優しく接してもらうか、たまにはルイーダの酒場で飲みましょう。


















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