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【46日目】目の前にいる人は鏡かもしれない話

昨年1月頭から始めたブログ。

本当ならもっといろんな記事を書いてきていたのに、2014年7月にすべてが吹っ飛んで(200記事くらい)、2度のgoogleアドセンス抹消。

嫌になりかけたけど、せっかくお金払ってドメインもサーバーも使っているんだからと、半べそをかきながら立て直して半年。

ブログから収益を得ることなんて、もはやどうでもよくなっている。

いや、うそ!できれば収益化したい!

ブログを書き始めた時は、ブログを書くだけでお小遣いが稼げるという安易な誘いからだった。

ぼくには人に見てもらうような情報も知識も技術も、そして自信もなかった。

それでもやり始めた昨年1月。

思い返すと、今やってる学校建設の費用が足りなくて、クラウドファンディングを始めたのもちょうどその頃だった。

どうしていいかもわからないことだらけだったけど、ドメインやサーバーの意味も知らなかったけど、ネット上でいろんなことを始めた2015年。

今やブログやネットで稼ぐなんて情報がたくさん出回っているけど、どれもこれも始めるのは簡単。

多分ネットの世界に限らず、何事も始めるのはものすごく簡単で、何がしんどいかって続けること。

ブログを書いている人はアクセス数や人気度、収益化に関わらずみんな「ブロガー」。

スノボーやっている人はプロ・アマ・素人関係なく「スノーボーダー」だし、サーフィンやっている人はみんな「サーファー」だし、カメラを持っている人はみんな「カメラマン」。

スノボーやサーフィンしたかったらボードを買えばいいし、写真を撮りたければカメラを買えばいい。

始めたらみんなその道に足を突っ込むことができる。ぼくらは何にでもなれる。

でもその道で生きて行くって、なかなか難しいこと。

ましてやそれを商売とした場合、何らかの形で少しでもお金を貰えば、お客さんを抱えたことになる。

それを自己都合だけで、うまくいかないからとか思ってたのとちがうからってやめて行く人、やめそうな人をよく見かける。

ぼくが言いたいのはそうやってやめて行く人の悪口ではなくて、始める時の気持ちを忘れないでいることが難しいってこと。

安易な気持ちで始めたものほど冷めやすい。

冷めたら冷めたでいいんだけど、その自分の気持ちに気付かないことが問題なわけで、何かそれっぽい理由を探して、ねじ込んで、言いくるめるように合理化して、逃げるようにやめて行く。

それはちがうんじゃね?とは思う。

世間の目に触れる仕事もあれば、人知れず働く人もいる。みんなちがってみんないい。

本日の作業現場

今日現場に来てくれたテッド(日本人・本名不詳)は半導体っての作る会社にいたんだって。

で、今転職の合間の有休消化中で東南アジアに来てるんだけど、次の仕事も半導体の仕事なんだとさ。頭の悪いぼくは半導体が何なのかよくわからないけど、よく見ると半導体みたいな人ですね。

半導体って何か聞いてみたら、ぼくらが日常で使っているものによく入っていて、多くの人が毎日お世話になっているものだそうです。すいませんよくわかりませんでした。

世の中には、ぼくにはできないことがたくさんあって、もしかしたらぼくにしかできない何かも1つくらいはあるのかもしれないけど、でも自分ができる何かを必死になってやり続ける人がいる。

中には好きで続けている人も、無理矢理続けている人もいると思う。

誰がすごいことしてるとか、誰がズルしてるとかは本当にどうでもよくて、自分が決めたことにまっすぐ心が向いているかってことが今日出逢ったテッドは言いたいんだと思う。多分。

今日は一番西側の教室の中と、その前の通路の部分に土を運び入れて平らに均した。

子どもらが史上最高人数やってきて、一番暑い時間に鬼ごっこ(いつも無条件でぼくが鬼で、終わりが見えない地獄の走りっこ)やらされた時はきつかった…

遊んだ後、ちゃんと手伝いしてくれた子どもたち。

何も言わなくても子どもたちはちゃんと役割分担していて。バケツを運ぶ係、余分な草木を拾う係、大きな枝を抜く係などいろいろいた。

子どもたち見ていても、同じ仕事をコツコツ続けられる子、目新しい作業をしたがる子、すぐに飽きちゃう子、手よりも口が動きまくる子、そもそも手伝いたくない子。いろいろいる。

ホンさんたちも、今日は目の色変えて働いてくれていた。

あなた、そのTシャツ毎日着ていませんか?

作業も確実に進んでいる。

目の前にいる人たちは、きっと自分の鏡なのかもしれない。

一緒にいる人がサボっている時、手抜いていると感じる時、大抵ぼくの気持ちも入っていない。

でも自分が一生懸命やっていれば、相手も一生懸命。本気でやっていれば相手も本気。

相手のせいにしたり、相手に自分と同じ基準を要求するんじゃなくて、まずは自分の心を磨くところからだと思った。

てか、自分が一生懸命なら、相手がどうとか気にならないんだけどな!本当は!

テッド、いろいろお話できて楽しかった!来てくれてありがとう!

今日みたいに子どもが作業してくれている様子を記事にしたり、ポストカードにすると児童労働させているやつだと勘違いされます。

声を大にしなくていいので、「違うよ」と誰かちょびっとだけでも言ってください。

カンボジア小学校建設46日目

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