カンボジアに建設した小学校の開校式を月末に控え、更にはまだ先だと思っていた渡航を2日後(家出るのは明日)に控えた本日、実家に来ております。
カンボジアの小学校にみんなが関わってくれた証を飾るぞ

みらいスクールの敷地には、シンボルになりそうなほどすごい大きな木があります。
そこは子ども達の遊び場でもあり、木陰で休むにはうってつけの場所。
企画としては何の捻りもなくてありきたりだけど、学校完成報告会に参加してくれた人たちに、色紙に拇印でアートを作ってもらいました。

よく結婚式の受付とかで見るベタな企画のやつです。
これを各教室に飾ります。
「日本人が建てた学校」なんてことは思わなくていいけど、ここにどれだけ多くの人が関わったのか、そしてどれだけ大勢の人が、みらいスクールに通う子ども達の未来のことを想っているのかは感じてほしかったから。
実家で使われなくなった額縁をカンボジアに持っていく

で、この色紙を飾る額縁は実家にあった不用品を使います。
ぶっちゃけ額縁3つくらい、そんなに高いわけでもないし、どうせなら新しくて色や形を揃えて現地のお店でお金を使った方がいいのかもしれない、とも思います。
家から額縁が3つ減っただけで「おおおお!すごい片付いたね、ありがとう」とはならないし、なんなら無くなっていたって気付かないだろうし、わざわざバックパックに入れて海外へ行くのもダルいんですけど。
でもそうやって必要なものを準備する方法が、お金で買うという選択しかなかったら、どんどん視野が狭くなりそうで嫌なのです。
もちろん、新品を買わなくてはいけない場面もあるかもしれない。
色や形が全部揃ってなくてはいけない時もあるかもしれない。
でも新品の方がいいかもって時は、新品じゃなくてもいいかもって考えることもできるし、形や色が揃ってた方がいいって時は、揃ってなくてもいいとも考えられる。
ぼくは今あるもの、特に役割を終えたように見えるものの価値を再生することにすごいロマンを感じるから、出来る限り今ある資源で回す努力をしたいと思います。
必要なものを必要な分だけ
多分、今回の記事のタイトルだけが一人歩きすると「ゆーすけ、色紙入れる額縁集めてるんだよね?」っていう額縁テロが起こりかねないので、あえて言っておくけど、もう不要です。
以前集めた文房具とかも、今回参加してくれるみんなで分担して持っていくんだけど、これもまた同じように文房具テロが起こっては困るので、もう足りていることは言っておきますね!
日本で使われなくなったものが、途上国に行ったら何でも喜んで引き取ってもらえるリサイクルショップだと思うのはやめてほしい。
ぼくは、みらいスクールのために必要なものが、日本で余っていれば持って行くけれど、何でもかんでもは与えないし、足りているものは渡さない。
与えられて当たり前になるのが嫌だから。
ちなみに「必要なものあったら何でも言ってくださいね!」って言ってくれるから、必要なものを考えた挙句「お金!」って言った瞬間に嫌な顔されるのはナゼ?


















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