
40歳になりました。
毎年、誕生日に抱負を書いてきましたが、今年は節目な感じもあるので、いつも以上に時間をかけて熟考。
自分の中で靄っていたのが、パーっと晴れた感じでいい40代のスタートを切れそう。
自由への渇望
「もっと自由になりたい」
時間と場所の制約はなくなり、ある程度自由に生きられるはずなのに、心の中は不自由で、縛られている感じがする。
そんな感覚がここ数年ずーっと続いていましたが、最近になって、いや違うかもしれないぞと思いました。
「ではこの窮屈な感じはなんだ?」と深く潜ってみたところで一つの発見が。
自由が足りていないのではない。
せっかく得た自由を、自分で縛って「使えていない」ことだと気が付きました。
なぜ使えていないのか?
きっかけは子どもが生まれたことです。
「家族みんながひもじい思いをしないようにもっと稼がねば」「そのためにもっとストイックにやり込まないと」「子育ては奥さんが主にやってくれているから自分だけ好き勝手してる場合じゃない」「子ども優先になるから飲み会や友人との交流は控えめにしなきゃ」そんな思いがありました。
奥さんから「息抜きにサウナでも行ってきたら?」と言われても、帰ってから奥さんの疲れた様子を見たくなくて行かないという選択をしたこともあります。
逆に、奥さんを一人にしようとしたら「後で疲れた顔を見たくないから無理しなくていいよ」と言われたこともありました。
家族を大事にしたいという想いが、自分と家族の行動を縛っている。
家族のためにやっているはずが、お互いに遠慮し合って、自分も家族も自由になれていなかったのです。
「家族を大事にする」の意味を再定義する
家族が増えてから、自分にとっての家族を大事にすることは「控える」ことになっていました。
- 自分一人の娯楽は控える
- 奥さんの負担が増えそうなことは控える
- 子どもの将来を考えて大人の支出を控える
しかし、控えても誰も自由になれませんでした。
年齢を重ねるごとに、こうやって守りに入って落ち着いていくのかもしれない。
そう思う瞬間がありました。
30歳の自分が今の自分を見たら何と言うか。
十中八九「すっかり落ち着きやがってこの野郎」と言うに違いない。
言うだけならまだマシで、「結局俺も落ち着くのかよ…」と失望を全面に押し出しながら、濃いめのハイボールをメガジョッキでグビグビ飲み、支離滅裂なクメール語で管を巻いた挙句、シェムリアップのソクサン通りあたりで、左腕に「唯我独尊」とタトゥーを入れて、絶対に落ち着くもんかとアピールしてきた日には我ながら困ってしまう。
困ってしまうが、30歳の自分を失望させそうなのも、ちょっぴり悲しい事実である。
でも、落ち着いた原因は、年齢やライフステージの変化そのものではなく、「大事にする=控える」という思い込みだったのかもしれない。
50歳になった自分が振り返った時、「あの時に気づいてよかった」と言えるようにしたい。
そのためにはこの思い込みを外して
- 自分も含めた家族みんながやりたいことをやれる
- 家族のやりたいことをもっと応援できる
- やらない理由に、お金は含めない
ことを念頭に置いて、家族と接していきます。
40歳の抱負は「自由を繋ぐ」
自分の自由を、家族の自由に繋ぐ。
夫婦それぞれに自由があり、家族4人で動くだけでなく、2対2、1対3と、いろんな動き方ができる家族にしたい。
例えば、ある土曜の午後。
奥さんがエステでツルツルになっている間に、自分は子ども達と公園で泥だらけになる。
翌月は自分が一人旅に出て、見知らぬ街を千鳥足で徘徊する。
またある時は、奥さんが次女を連れて帰省している期間、自分は長女とミラノ風ドリアやシロノワールを思う存分食べるなど。
全員がやりたいことをやったら、家族はバラバラになるのではないか?いや、ならない。
バラバラに動けるからこそ、帰ってきた時に話題が溢れ、次の企みが生まれる。
お互いに疲れた顔を見るのが嫌で、遠慮をしてきた。
しかし、楽しみ尽くした後の疲れた顔なら見せ合ってもいい。
自分だけでも、奥さんや子どもだけでもなく、全員がやりたいことをやっている。
そんな状態を当たり前にしていきたい。
それにはお金という壁も付きまとうけど、お金は「諦める理由」ではなく「解決する課題」に変えることで、仕事が義務ではなく自由を広げる手段にもなりそう。
まとめ
ぼくは今日、「大事にする=控える」という思い込みを外しました。
控えなくても、家族は大事にできる。
控えない方が、自分も家族も自由になれる。
足りなかったのは自由ではなく、自由を使う許可でした。
その許可を自分に出して、40歳を始めます。
お祝いしてください
お祝いしてやるぜーって素敵な方は、以下よりお願いします。
家族が自由になれそうな楽しいアイテムを詰め込みました。




























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