
2016年10月29日、みらいスクールの開校式を無事に執り行うことができ、大切な日がまた増えました。
この日のために建設メンバーが帰って来てくれて、たまたま知り合った人たちも参加してくれて、在住メンバーからもたくさんのサポートを受けて、本当に特別な1日になりました。
本当にみんなありがとうございました。
来れなかった人たちのために、開校式関連の様子です。
開校式前日

前日はいくつかのグループに別れて準備を進めました。
こちらは記念品を積んで学校へ。

教室内の掃除をしたりして、記念品の本棚やロッカーを設置。

翌日の開校式で使うデッカい鍋や椅子など備品の受け取りも完了。

また別のグループは市街地で食材の買い出し。
翌日は200人以上で校庭でご飯を食べるのですが、食材の量もハンパじゃない。

夜はシティゲストハウスのキッチンを借りてミーティングを兼ねた食事会をした。
初めてみらいスクールに来てくれる人もいるから、ぼくの想いを話す時間をもらってなんかみんなに気持ちを話したらスッキリして変に酒が進んでしっかり泥酔した。

大好きな場所に大好きな人たちがいる。
それだけでもう夢の中みたいだった。
でも現実は甘くなくて、開校式当日に使う野菜のカットを完全に忘れていた。
気付いたのは深夜1時半。
仕方がないので、その時間まで起きていた人たちは強制的に翌日6時起きで野菜カット係に任命。
開校式当日

もうすでにつまづきつつある当日の朝。
約束通り前日夜更かししたものが早起きで野菜を切る。
何とか野菜を切り終わった頃、続々と注文していたものが届き始めた。
参加してくれたみんなには校庭でBBQするって伝えてあったんだけど、ちょっとしたサプライズというかドッキリみたいなの仕掛けてみました。

みんなはよくあるBBQを想像していただろうから、豚さん丸々一頭買ってみた。
豚さんが届いた瞬間の、みんなの何とも言えない表情は忘れられない。
それからOHANAのじゅんちゃんには豚汁を、YOKOHAMAのゲンタには餃子を、FLATのヤスには唐揚げを、SAIJUのけんちゃんにはチーズケーキをお願いしていた。

じゅんちゃんと、ゲンちゃんは村まで一緒に来てくれて豚汁と餃子作ってくれた。ありがとう。
まだ学校へ行く朝の話しかしていないのに、結構長くなって来ました。
話長いって言わないでください。
出発

荷物を詰め込んで、史上初のミニバン3台、トゥクトゥク3台という大所帯で出動。

まだ始まってないのに、こんなに死んでるのはきっと前日のせい。

これ画像ですよね?
金子さんの話し声が聞こえてくる気がする。写真がうるさい。
学校到着

本当は午前中の内に地区長、村長、教育省、先生とミーティングをして、その間にみんなには準備をしてもらって、お昼ご飯を目処にみんなでご飯食べようって計画でした。

が、学校行ったら村人はもうすでに準備万端で、ミーティングとか、準備とか、そんなの一気にスケジュール崩れて、すぐに開校式を始めることになった。超バタバタ。

こういうところが細かな言葉のやり取りができない場所で生まれる意思の伝わらなさ。そうは言っても動き出したものは止まらない。カンボジアのお偉いさんたちも待っています。
開校式スタート

地区長が話して、教育省の人が話して、ぼくの出番でした。
そんなつもりなかったのに、200人越えの村人の顔見ながら話し始めたらこの日までの3年間がブワッと振り返って来ちゃって、急に言葉が出なくなった。

その代わりと言ってはなんだけど涙が出た。
クメール語に通訳してもらうために英語で用意した原稿がどこまで読んで、どこを読んでいないのかさえわからなくなってしまった。だせえ。

この3年間、顔出す度に温かく迎えてくれる村人たちの目線は、やっぱり当日も温かくて、今こうして振り返りながら記事にするだけでも思い出し泣きできそうなくらい。
「みんな大事な家族だよ。みんなのことずっと信じてる。みんなのことずっと愛している」
これだけはクメール語で伝えることができたのでよし。
その言葉の最後に湧き上がった拍手でまた泣いた。

それからBbooth海外部のみんなも戻って来てくれて、Bboothのくるみからとのご縁から生まれた校歌も歌うことができた。
Bboothのみんなも、歌いながら思いがこみ上げて来てて、歌えてなかった。
歌の間、周りを見渡したら参加してくれたみんなも泣いている人多くて、それくらいみんな、みらいスクールのこと大切にしてくれてるんだなって思ったら嬉しくなってまた泣いた。
最後に正式にみらいスクール(本当の正式はみらいロンデン小学校)って名前が決まって、開校式に来てくれたメンバーが買ってくれた本棚と文房具保管しておくためのロッカーの話もして、式典は終了。
そこから一気に料理の時間。
ご飯を食べよう



これ画像ですよね?
金子さんの声が聞こえてくるのは錯覚ですか?


終始焼き続けてくれてありがとう。

カンボジア人たちもご馳走だ!!!と喜んでくれました。
これ以外にも唐揚げと、チーズケーキも。
けんちゃん、ヤス!本当ごめん!すぐ食べちゃって写真がない!!!

途中から雨が降ってきて、教室内で始まったBBQ。
新築の校舎が炭火のいい香りで包まれました。

普通に室内で火起こしすな!!!

誰が持ってきてかわからないけど、突然村人が空芯菜炒め作り出した。

雨が降って一番揉めたのがこちら。
室内に移動して作り直したら時間がかかるけど、雨が心配なら途中でもいいなら提供する。どっち?と聞かれて、出来上がってなくていいから今出してと答えたら「私を呼んだ意味ある?」と怒られました。プロの流儀。

調理が始まってから食事を提供するまでの間、ぼくは村人なるべく一人一人に顔を見せて挨拶しようと水を配っていた。(The City Premium Guest Houseより水600本提供。ありがとうございます)
初めて村に来て、初めて井戸を掘った時からお世話になっているおばあちゃんは、顔を見せると泣いていた。
差し出した水を受け取らずぼくのことを抱きしめて耳元で「オークン(ありがとう)」って繰り返してた。
もちろん…また泣いた。
その周りのおじいちゃん、おばあちゃんたちはみんな目を細めてぼくにお礼を言ってくれたけど、本当にお礼を伝えなくちゃいけないのはこっちなんだ。
いつも温かく迎えてくれて、いつも笑顔で支えてくれて、ありがとう。
結局ぼくらが何かをしようと思ったって、村の理解がなかったら何もできないんだ。
こんなにもいろんなことが(想定外はあるけれど)スムーズに進んで来たのは、やっぱり村のみんなの理解があってこそなんだ。だからいつも本当にありがとう。
記念写真

途中大雨降って来ちゃったので帰る人もいて、来てくれたみんなで集合写真は撮れなかったのは残念だけど、ぼくらは「やってます感」をアピールするためにやってるのではないのでいいんだ。
最後まで残っていた人で撮った前田さんの写真がややブレだけどいいんだ。

大事にしたいのは、何をしたとか、実績とか、集合写真をSNSにアップするとか、そんなものじゃないから。
いろんな想定外がありすぎたけど、やってよかった。

この先の人生で250人にご飯をおごるなんてこと、何回あるんだろう。
大好きなみんなで、大切な場所の学校で、笑ってご飯が食べられて本当に良かった。

来年もやりましょう。
打ち上げ
帰りの車内で、別の車に乗っていた金子さんから「じゅんこ、今日誕生日じゃね?どうする?」とLINE。
急に言われても、そんなことまで考える余裕ねえよ…と思いつつ返事を考えていると「ケーキは用意してあるから、帰ったらケーキを準備するまで話を繋いで時間作って」と言われた。

ゲストハウスに着くと当の本人は「私もう帰るね」と言うので、ちょっと待て!お前のために今俺はしなくていい話をしてまた話が長いとか言われるんだと思いながらなんとか引き留めてケーキ登場。
全然喜ばないからどうしたのか聞いたら、途中から体調悪かったらしい。そりゃ早く帰りたいわ。すまん。

YOKOHAMAのゲンタが、お店の仕込み投げ出して村まで餃子焼きに来てくれたから、夜はYOKOHAMAにお金を落とそうってことで貸し切って打ち上げ。
結果、ゲンタを1日酷使してしまった。すまん。
前田さんがレイニーブルー歌えないこと、金子さんが女子たちに脱がされてたこと、ミナさんが女子大生に「簡単に股開いちゃだめよぉ」って言ってたのは覚えてる。
三本締めまで仕切ってたらしいけど、どうやって会を締めたのか、どうやって帰ったのか、最後の方は覚えてない。しっかり泥酔。
でも、一瞬一瞬が本当に暖かくて、そんな幸せな一瞬の積み重ねの1日。本当に夢のような1日だった。
ぼく以外にも「今日をまたやりたい」って言ってたから、みんなも同じような気持ちだったんだと思う。
お礼
最後になりましたが、ぼくがカンボジアに小学校を建てるって言い始めた時から、ぼくのことを助けてくれて、支えてくれて、応援してくれた皆さん。本当にありがとうございました。
これで終わりだと思っていたら、ここからがスタートみたいです。
なぜなら「この先、私たちは困ったらどうしたらいいの?」と村の子たちに聞かれてしまったので、もう少しだけ自分ができることを継続してみるつもり。
引き続き、みらいスクールの子ども達のこと、暖かく見守っていただけましたら幸いです。
とりあえずここで一旦一区切りってことで、感謝の気持ちをぎゅっと振り絞って…
ありがとうございました!!!!!




























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