体は帰ってきても思考が帰ってこない日々について

家に帰ってきているはずなのに、どこか戻れていない感じがずっとありました。

体は確かに家にあるけど、頭の中は仕事の続きをしている的な。

  • 今日の授業のこと
  • 生徒の反応
  • うまくいかなかった場面

などが夜になっても彷徨っていて、家族との会話に集中できていなかった男の話。

好きな家に帰っても回復しない

最近気づいたのは、家に持ち帰りたくないのは「仕事」ではないということ。

持ち帰ってしまっているのは、役割とか責任とか正しさみたいなやつ。

  • ちゃんとしなきゃ
  • 間違えちゃいけない
  • 期待に応えなきゃ

という状態のまま家に帰ってきて緊張がほぐれない感じ。

本当は家では、もっと単純でいたい。

娘と遊んで、一緒に風呂に入って、飼い猫を撫でて、奥さんの手料理を味わって、ほどよく晩酌をして、夜は最強の布団でぐっすり眠る。

最近は猫が甘えてくるのも鬱陶しく感じる時期があった。

以前は癒しだったはずなのに余裕がなくて、距離を取りたくなっていた。

それだけ回復できていなかったんだと思う。

お酒も同じで、味わうために飲むと言うよりストレスを流し込む感じだった。

価値観からズレた仕事は消耗する

体育教師の仕事は、好きで始めた。

人の成長に関わることも身体を通して考える力を育てることも、今でも価値があると思っている。

いつの間にか生活費のための労働になっていた。

しかもその中で、自分の価値観とは少しズレた行動を取ることが増えていた。

  • 収まりのいいやり取り
  • 摩擦の少ない問答
  • 問題が起きないような先回り

うまくやれているようで、自分にとっては真逆の行動。

自分が本当にやりたいのは

  • 問いを投げること
  • 考えさせること
  • その場で揺らぐこと
  • 予定調和を壊すこと

それなのに実際は

  • 型に当てはめ
  • 先回りして起きそうな問題を潰し
  • キレイに授業を収めにいく

と言った感じで、自分の理想と逆方向に力を使っていた。

しんどくなっていた理由は、多分そこ。

仕事と家族は切り離せていない

仕事でうまくいかないと家でも余裕がなくなるし、家で余裕がないと仕事でも反応的になる。

どちらかを犠牲にしても、もう片方が良くなるわけじゃない。

ずっと感じていたモヤモヤの一つはこれだった。

もう一つ気づいたのは、仕事の役割や責任を抱えたまま家に帰ってきて、そのまま家の中でも「ちゃんとした夫」「ちゃんとした父親」であろうとしていた。

それ自体が、回復できていなかった原因だったのかもしれない。

疲れているのに、優しくしようとする。

ちゃんと話を聞こうとする。

不機嫌や疲労をを出さないようにする。

父親らしく、夫らしく振る舞おうとする。

それは間違っていないかもしれないけど、消耗したままそれをやろうとすると、どこかで無理が出る。

「ちゃんとしているはずなのに、満たされない」感覚が残ったりする。

ちゃんとしようとすればするほど、回復からは遠ざかっていたとは…

これから

家に必要だったのはさらに役割を重ねることじゃなくて、役割を一度下ろせる余白。

家をパワースポットにしていく。

回復できて、思考がちゃんと戻ってくる場所。

誰かの役に立つ自分ではなく、ただ生きている自分でいられる場所。

数ヶ月先をも据えて、生活と仕事を価値観から組み直そうとしている途中。

どうしたらいいのか?はまだわからないけど、無理に整えようとするのをやめて、この違和感をちゃんと感じ続けてみたら心地よいどこかへ辿り着きそう。

少しだけ息しやすくなった気がする。

著:ブリアンナ・ウィースト, 翻訳:松丸 さとみ

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